yutoのブログ

令和元年6月25日次男24歳が1人で逝ってしまいました。会いたくて仕方がない。でも会えない。私の息子が生きた証としてブログに残したいと思います。

変われない

くみこ

美しい景色

感動した時

それは一瞬の癒やされた時であっても

確実に現実に引き戻されてしまう



二度と会えない息子に

二度と話が出来ない息子に

会いたくて会いたくて会いたくて


この心の叫びが届いてるのかな

今どうしているのかな


私が見たもの一緒に見てるかな




大好きだった米津さん

その意思を受け継ぐように米津さんのライブに出かけてるんだよ

雄人も私と一緒にライブも観てるかな?

また今年も一緒に観に行こうね


ねぇねぇ教えてよ

私は雄人にとってちゃんと応えられる母親だった?

ゆうちゃん…


もっと一緒にいたかった

もっと話がしたかった


前向きに…

なんて何時になったらできるんだろう

あれから7年

今もずっとあの気持ちだから変われない

あの日から7年命日の日に愛しい雄人へ

くみこ




雄人元気にしてますか


会えなくなってから7年


どんなに大切で愛していたかを失ってから気付く愚かな母親です


私が思い出すのは狭いながらも団地で暮らしていた幼い雄人たちを子育てしていた日々


誕生日 クリスマス

ケーキを買ってローソクに灯を灯してお祝いしたね


甘えん坊でいつもママって抱きついてくれてた

ぷにぷにした手や腕の感触


あぁもう一度抱きしめたい


オムツがとれてからもおしっこが間に合わずよく洗濯していたのも思い出します


病院にもよく通ったね


好き嫌いも沢山あったけど、好きな物はいっぱい食べてくれて嬉しかった


兄弟喧嘩も多かったけど3人で遊んだね


全てが懐かしいよ


雄人が突然居なくなり毎日が辛かった

あまりの辛さにもう終わらせたいとも思ったけど今もこうして生きている

雄人の分も生きなければならない

今も辛いよ 虚しいよ


落ち込んだ時に雄人はサインをくれるよね

バケタンが青く光る

幸せだった頃の夢に出てきてくれる


姿は見えなくてもきっと傍にいて心配してくれてると思ってます

一時でも幸せな時を思い出させてくれてありがとう


きっと雄人は自ら人生を終わらせたことを後悔していると思う

なのに私は遺影の前でいつもゆうちゃん助けてあげれなくてごめんねって謝っていた

それは雄人に血の涙を流す位責め続ける言葉だったんだよね

だから、これからはありがとうって言う


7年間想い続けた悲しみは消えはしないけど必ず会える日を信じて生きていきます


私を母親にしてくれてありがとう

生まれてきてくれてありがとう

24年間幸せでした


雄人 永遠に愛してる


優しい子

くみこ

あの日から7年になろうとしています


この場所で同じ気持ちで生き続けてきた同士の皆様

今も耐えながら一日を過ごしていますでしょうか…


私は今も雄人を一日たりとも忘れた日はなく

むしろ思いや悲しみは前にも増しているような気がします


毎日遺影の前で手を合わせ

ありがとうって…

亡くなる前よりも話をしているように思います


昨日雄人が夢に出てきたんです

まだ幼い雄人と三男が現れて私と仲良く親子していました


今思えばその頃が皆にとって1番幸せな日々だったと

思います


そんな日を雄人は夢に出てきて思い出させてくれたような気がします

私が話かけたり泣いたりしている時も必ずバケタンが青く光ってサインをくれるんです


きっといつも私を気遣ってくれているんだなって

私を心配してくれる優しい子です


ゆうちゃんありがとう


この場所で出会った皆さん

どうされてますか?

泣きながら励ましながら同じ時間を共有できて本当にありがとう