令和元年を思い返すと
あの日6月25日から悪夢の始まりだった
今までにあじわった事のない
苦しく辛い毎日
今も尚 永遠に続く悲しみ
ゆうとさんが車の中で亡くなってました
と警察から連絡があった26日
気が狂いそうだった
27日には安置所で息子と対面
横たわっていた息子は冷たく硬くなっていた
顔を見て本当に死んでしまったのだと
呆然としていた
この現実から逃げ出したかった
アパートの片付けや車の廃車の手続きで息子が安置されている葬儀社にちょっとだけしか顔を出すことが出来なかった
今思うと ずっとずっと顔を見ていたかった
そばにいたかった
二度と会えないなら、もう1日延長して息子を抱きしめていたかった
火葬される時も
なんだか他人事みたいに淡々と息子を送った
あの時は、まだ信じられないような
息子の死を受け入れられない状態だった
地元に帰り日を追うごとに息子の死を実感し
喪失感と悲しみが毎日押し寄せる
火葬される前に息子を抱き締めれば良かった
抱きしめなかった事を後悔している
骨壷に入る位に小さくなってしまった
大切な私の息子…。
もう一度会いたい
令和元年が終わっても
この気持ちは永遠に続くんだろうな
ゆうちゃん
あなたの遺影を見る度にため息が出てしまう
何故死に急いでしまったの
生きていて欲しかったよ
私にコメントをくださった方が言ってくれた言葉
毎日 1歩進んで2歩下がる
正しく そのような日々
果てしなく続く悲しみ
息子が浄仏する事を願うばかりの私